To.カノンを奏でる君
 弾き終えた花音は、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 思い入れが強い曲なので、その分弾く時も緊張してしまう。特に、祥多に聞かせるとなると。

 カノンを演奏するのに当たって、祥多は特に厳しいのだ。


「……花音」

「はい!」


 評価を聞くのが怖くて、花音は思わず身を縮こまらす。

 そんな花音を見、祥多はフッと笑う。


「力みすぎ。荒削り。変わらないな、花音」


(やっぱりぃ……)


 しくしくと泣きべそかきながら、祥多にピアノを譲る。

 祥多は再びピアノに向かった。


「けど、表現は相変わらず上手い」

「本当?!」


 花音は想定外の誉め言葉に喜ぶ。

 花音の反応に応えず、祥多はカノンを弾き始めた。

 同じ曲の演奏でも、メロディの雰囲気は違う。弾き手の性質を映し出している。


 どこか儚げで、悲しさを包むまっすぐな強さ。それは祥多の内情。

 花音は祥多の奏でるピアノが好きで、傍らで幸せそうに耳を傾けている。

 曲の持った雰囲気など関係なく、祥多の奏でるメロディは花音を落ち着かせる。


 祥多はまだここに在る。

 泣きそうになるが、花音はそれをぐっと堪える。

 花音が泣くと、祥多は本当に悲しそうな顔をするのだ。だから絶対に祥多の前では泣かない。

 笑う事が祥多を安堵させるなら、どんなにつらくても笑い続ける。
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