To.カノンを奏でる君
 祥多は音楽雑誌をレジに持って行く。老人はゆっくりした動作で値段を打ち込む。


「昔はもっと良い目をしていた」

「え?」

「今はまるで未来(さき)がなく、彷徨っているような目だ」


 老人は祥多を見る事なく話す。

 祥多は押し黙り、固唾を飲む。見透かされていると思った。


「例え何があろうと、大切なものを見失ってはいけないよ。ほら、近くにお前さんの“希望”はあるだろう?」


 老人に言われ、祥多は出入り口で話し込んでいる花音と直樹を見た。

 確かに、老人の言う通りだ。自分で持つものだけが“希望”ではない。


「そうですね」


 幾分か和らいだ祥多の笑みに、老人は微笑んで袋を手渡した。


「またおいで」

「……はい」


 祥多は会釈し、花音らを連れて本屋を後にした。


「次はどこ行こうか?」


 楽しげな花音に、祥多は噴水広場と言った。噴水広場とは言っても冬は水が凍る為、水は噴いていない。

 間もなくして着いた噴水広場は、人気がなく静かだった。


「温かい飲み物買って来るね。直ちゃんはいつものブラックで、祥ちゃんはリンゴジュースでいい?」

「おう」


 祥多の返答を聞き、花音は近くの自動販売機に向かった。


 祥多と直樹は水が噴いていない大きな噴水に腰を下ろす。


「楽しい? タータン」

「めちゃくちゃ」

「良かった」


 直樹は一つに結わえていた髪を下ろす。
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