To.カノンを奏でる君
 弾き終えた祥多はチラリと花音を見る。

 花音は相変わらずにこにことしていた。


「祥ちゃんのピアノは世界一だね」

「バーカ。もっと巧い人はたくさんいるだろ。俺はまだまだ」

「私の中では世界一なの」

「ハイハイ」


 次に奏でる曲は花音が好きな曲。


 ショパン作曲『夜想曲』


 花音は静かに耳を傾けた。ピアノに耳を当てる。肌に振動が、耳に音が伝わる。

 こうしている時だけが幸せでいられる。祥多が病気だという事を忘れていられる。


 どうか終わらないで、そのまま弾き続けてと、そう願わずにはいられない。


「おい、花音」


 声をかけられ、辺りを見回す。

 窓からは日の落ちた空が闇に染まっていた。


「今日はもう終わりだ」


 壁にかけられた黄色い時計は6時30分を指している。もう終了の時間。

 どうやらほんの少し意識が飛んでいたようだ。


 やっと気づいた花音の頬をつねり、祥多は顎で退室を促す。花音は慌てて退室した。続いて祥多も退室する。


「あら、お二人さんお揃いで。ピアノの時間?」


 由希は出会した祥多と花音に笑いかける。


「終わりましたー」


 花音が笑顔で答える。

 無理はしないようにと言い、由希は去って行った。
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