To.カノンを奏でる君
 それからピアノ室から歩く事二十秒で、祥多の病室に到着する。

 祥多は少し皺になっているベッドに寝転がり、花音はパイプ椅子に深く腰かける。


「花音。冷蔵庫にオレンジが入ってる」

「やった! 遠慮なく頂きますよー」


 花音は嬉しそうに、座っている所の反対側に回った。

 白くベッドと同じくらいの高さの冷蔵庫から、ぽつんと置かれているオレンジジュースを取り出す。


「いつも悪いねー」


 さほど悪いとは思っていない口調で、缶のプルタブに人指し指をかける。プシュッと良い音を立て、飲み口からは冷気がほんのり立ち上がる。


「頂きまーす」


 両手で包み込み、口に持っていく。喉を鳴らして流し込むオレンジジュース。


「んー、うまいっ!」


 幸せそうにオレンジジュースを飲む花音。


「それ、母さんが花音の為に買って来るからな」


 ポリポリと頭を掻く祥多。

 顔が赤いのを見、花音は笑った。恥ずかしがって言うほどの事でもない。


「おばさん大好き! 私の好みよく分かってる!」

「ちげーよ。俺がオレンジ買って置いとけって頼んでんだよ」

「………え?」

「いつも来てくれるからな」


 その言葉に、今度は花音が赤くなる番だった。

 そんな事言われては、祥多の事を異性として意識してしまう。
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