To.カノンを奏でる君
「祥ちゃん」

「ん?」

「明日、チョコ持って来たら受け取ってくれる?」


 祥多は軽く目を瞠った。

 それからふっと口許を緩める。


「おう。とびきり甘いやつを頼むぜ?」


 義理なのか本命なのかを訊かずに祥多は答えた。


 手術を終えた後の事は全く分からない。それならば…。

 元気になるまでは絶対に誰からも受け取らないと決めていたが、そんな悠長な事を言っていられる状態でもなくなった。


 時は無情に、止まる事なく流れてゆく。

 いつもと同じ柔らかな笑みを向けた花音に、祥多は虚しさを抱えながら微笑み返した。















 病室から出て来た花音と入れ替わりに祥多の母が入って行った。

 直樹は花音に近寄り、心配そうに花音の手を掴もうとすると、花音は直樹の胸に飛び込んで来た。

 直樹は小さく震える花音を力強く抱き締める。


「直ちゃん。手術、成功するよね」

「え…?」

「大丈夫だよね。成功するよね。30%なんてそんな…数学なんて信用なんないよね」

「ノンノン」

「成功したら、あの約束撤回していいかって言ってくれた…っ」


 花音のその言葉に、直樹は目を見開き、嬉しそうに笑んだ。


「そう。タータンがそんな事を」

「私、」

「大丈夫よ。成功するわ。タータンはそんなに雍じゃないでしょ」

「うん」

「おめでとう! アタシずっとこの日を待ち侘びてたわ。タータンがあの約束を撤回するって言う日を」

「直ちゃん…っ」


 それから直樹は、泣きそうになる花音の耳元で囁いた。


「明日、学校サボってチョコ作ろ。約束ね」


 花音が驚き瞬きしている間に、直樹は体を放した。


 トン、と心配そうな母の方へ花音を押しやる。


「また明日」


 にっこり笑う直樹に、花音の母は会釈し、花音を伴って背を向け去って行った。
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