To.カノンを奏でる君
 一方、直樹はリビングから離れると草薙宅へ電話した。

 花音の母に対する勝算はあった。今回が最後かもしれない、そう言えばさすがの花音の母もきっと許してくれる。


『はい、草薙です』

『あ、おばさん。直樹です』

『直樹君…?』

『済みません。今日、二人とも学校サボります』

『え?!』


 直樹の想像通りの驚きの声を上げた花音の母。

 直樹は臆する事なく言い募る。


『お願いします。今日だけは許してあげて下さい。お願いします』

『学校をサボるなんて!』

『お願いします。タータン……祥多君にバレンタインチョコをあげられるのはこれが最後かもしれないんです!』


 電話の向こうで、ハッと息を飲む声が聞こえた。

 直樹は懸命に言葉を選びながら頼み込む。


『おばさん。お願いします。分かって下さい』

『バレンタインチョコなんて、そんなの渡す事に意味はあるの?』


 花音の母の問いに、直樹は小さくガッツポーズをした。

 バレンタインチョコが双方にとって大切な物だったと知れば、許してくれるだろう。


『祥多君は一度もバレンタインチョコを受け取った事がありません。自分が健康になるまでもらわないと決めていたんです。花音ちゃんもまた、それを知ってバレンタインチョコを準備しなくなった』

『…………』

『助かって欲しいですよ。でも、“絶対”なんて保障はないじゃないですか。とにかく一度、もらいたい、あげたい。その双方の想いを尊重してあげませんか?』
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