To.カノンを奏でる君
 双方とも今まで頑張って来たんですから。直樹はそう言った。

 これから二人は、良くも悪くも新たなスタートラインに立つ。でもその前に、今までの締め括りをしなければならない。

 それが二人にとってはバレンタインチョコ。直樹はそう思っていた。


『おばさん』


 直樹の悲痛な声音を受けて、花音の母は深い溜め息を吐いた。

 直樹の想いは強い。それを打ち砕く事は不可能だと感じた。

 本当に、子どもの純真さに大人は勝てない。


『今日だけよ。それ以外のサボりは認めないと花音に伝えてちょうだい』

『はい! ありがとうございます、おばさん!』


 電話を切った直樹は達成感を感じ、舞い上がっていた。

 嬉しさを胸にリビングに飛込むと、花音が既に冷蔵庫にバッドを押し込んだところだった。


「遅い、直ちゃん。もう下準備終わっちゃったよ」

「えぇ?! ノンノン手際良すぎ!」

「そ? じゃあ私学校に」

「待ったぁ! 次、マフィン!」

「えー。マフィンって…」

「おばさんからちゃんと許可もらったわ。だから、たくさん作れるわよ」


 直樹は花音を引き止めようと懸命に訴える。すると花音は目を丸くして直樹を見つめた。


「お母さんが、許した? 嘘だ。あのお母さんが許すなんて有り得ない」


 直樹が良いように言っているのではないかと、不信げな目を向ける。
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