To.カノンを奏でる君
「本当よ。何なら折り返し電話してみる?」


 悪戯にウィンクして見せる直樹。

 強気な時の直樹は、ちゃんと勝算がある。それをよく分かっている花音は反論出来ず、黙り込んだ。


「さ、マフィン作りましょ」


 直樹に流され、花音は大きく溜め息を吐いた。















 夕暮れの空を窓辺から眺め、祥多は深い溜め息を吐いた。

 それから黄緑色のカーテンを引き、オレンジの光を遮断する。


 明日、大きな手術を控えている祥多の体はだるくて重い。ベッドに戻る事すら重労働。

 だるいなら寝ていれば良いというのに、落ち着きなくいるのは今日が特別な日だからだ。


 大切な少女から想いの詰まったチョコレートを受け取る日。

 元気になったら催促しようと考えていた祥多だったが、そうなるという保障がないと知り、初めて欲しいと思ったのだ。

 元気になれるならそれでいい。しかし、それほど手術が見込みあるものではない。


 10分の7の確率で祥多は死ぬのだから。


 言い知れぬ恐怖感に襲われ、祥多は胸を押さえた。


(ちくしょう……怖ぇよ。怖ぇ…)


 速まる動悸に頭痛が重なり、祥多は髪を鷲掴みし、抜けそうなほどに力を込める。


「はぁっはぁっ……くっ」


 発作とは全く違う、恐怖感という重圧が祥多の心と体を蝕む。額に浮かぶ脂汗。

 目頭が熱くなり、視界が歪む。

(カッコ悪ィ……何でこんなに弱ぇーんだよ、俺)


 生まれて初めて感じる、心の弱さ。


 当の昔に覚悟は出来ていたはず。長くないと知っていたから、いつ死んでも大丈夫なように心積もりをしていた。

 ──しかしそれは、ただの強がりに過ぎなかったのだ。覚悟が出来ていると思い込んでいただけ。


 本当は、本当は……死ぬ事を一番恐れていた。
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