To.カノンを奏でる君
第14楽章≫それぞれの思惑。
午後5時、美香子はココアクッキーが詰まった袋を大事そうに抱え、祥多の病室の前で立ち尽くしていた。入ろうかどうか迷っている。
差し出したとして、祥多は受け取るだろうか。
あまり良いような結果を想像出来ない美香子は大きな溜め息を吐いた。それからまた躊躇し、数分の後に思いきってノックした。
返答を待つが、返って来ない。失礼だと思いながらもそっと扉を開けた。
中を覗くと、どうやら祥多は眠っているらしかった。
美香子は一先ず安堵し、起こさないように気を配りながら室内に入る。
シーツも被らず眠っている祥多に、美香子はクッキーを机の上に置き、シーツを引いて被せてやった。
そのまま美香子は、じっと祥多を見つめる。
ふと、祥多と芥川龍之介の作品の話で盛り上がった時の事を思い出した。
初めて本で語れる人を見つけたと、そう思った。最初は良い友達になれそうだと思ったが、いつの間にか違う感情が芽生えていた。
「祥多君…」
美香子の口から切なく零れる言の葉。溢れんばかりの想いが込もっている。
そのまま美香子の唇は、下降した。
ゆっくり、ゆっくり。愛しく想う少年の唇へ。
──美香子が祥多と唇を重ね合わせたのと、祥多が目を覚ましたのと、病室が開いたのは同時だった。
紙袋が落ちた音に、美香子は我に返って顔を上げる。