To.カノンを奏でる君
 間もなくして直樹は花音を解放した。解放された花音は床に座り込む。


「な、何やってんのよアンタ!」


 美香子はやっとの事で声を上げ、直樹を非難した。


「何って、キス」


 直樹はにっこり笑って答える。


(衝撃を掻き消すには更に上の衝撃でしょ)


 美香子のキスによって、この大切な日が最悪になってしまうのを、直樹は防いだのだ(やり方に多少なりと不可思議だが)。

 祥多と言い争いになって更に花音が傷つく前に、何らかの形で双方の意識を逸らそうとした結果がこれだ。

 思惑通りに事が運んだ直樹は一人ほくそ笑む。


「な、直! お、おおお前…っ!!」

「はーい?」

「俺だけじゃなく花音にまでキスしやがったな、テメェーっ!!」

「ふふ。ありがたくファーストキス頂いちゃいましたー」

「ふざけんな!!」

「うふふー」


 激昂する祥多に直樹は笑顔で対応する。

 そんな祥多の傍らで、美香子が眉を潜めて直樹を見つめた。美香子の視線を受け、直樹は見返す。


「花園君は花音ちゃんが好きなの?」


 どこか冷めたような声に、直樹は真剣な面持ちで返した。


「この感情に名前なんか要らない」


 直樹の不可解な言葉に、皆思案するような表情を浮かべた。


「大切だと思うこの気持ちに、名前なんか要らない」


 女性として好き、友達として好き。そんな決定づけなど要らない。

 ただひたすら大切だと思う気持ちがあって何が悪い。
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