To.カノンを奏でる君
「ありがと、ノンノン」


 幸せそうに笑い、直樹は花音の背を押した。


「ほら、今日来た目的は?」

「あ…」


 先ほど落としてしまった紙袋を拾い、花音は祥多を見つめた。

 少し気恥ずかしくなり、花音は頬を赤らめた。祥多もつられて赤くなる。


 花音が一歩踏み出そうとした時、美香子は慌てて口を開いた。


「待って、花音ちゃん!」


 美香子の悲痛な声に、花音は顔を上げて立ち止まった。

 美香子は花音が立ち止まったのを確認して、机の上に置いてあったココアクッキーを取り、祥多に差し出した。


 祥多は驚いて美香子を見つめる。


「さっきは勝手に…キ…キス…して、ごめんなさい。受け取ってくれませんか…」


 顔を真っ赤にして、俯き加減に震える声で言った。

 直樹は無表情、花音は少し悲しげに美香子を見つめる。


 祥多はつらそうな顔をして、俯いた。


「………ごめんな」


 小さく消え入りそうな声が美香子の耳にはっきりと届いた。やはりと、美香子は込み上げる涙を懸命に堪える。


 張り詰めた空気の中、皆が困惑の色を浮かべた。


 美香子は差し出したクッキーをゆっくりと戻し、顔を上げた。


「うん、分かった。ごめんね」

「待って」


 出て行こうとする美香子を止めたのは、同じ少年を想う花音だった。

 美香子は驚き、振り返る。しかし花音は美香子の方を向かず、そのまま祥多の方へ歩み寄った。
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