To.カノンを奏でる君
 走りながら、花音はたくさんの祥多との時間を思い返していた。


 花音が3歳の時、祥多は隣に越して来た。無愛想な祥多は、挨拶に来ていた間ずっとしかめっ面をしていた。

 当時は人見知りが激しかった花音は、終始母親にくっついていた。


 関わる事なく過ごして二年。ある日突然、隣の家からピアノの音が聴こえて来たのだ。

 花音の母は、越して来てからピアノ教室に通っていて、せがまれてピアノを買ったらしいと言った。


 毎日聴こえて来る柔らかな音色に心惹かれ、勇気を出して隣の家を訪ねた。


 ――それが、二人のちゃんとした始まり。


 それからは毎日のように一緒にいて、兄妹のように育った。

 ケンカはあまりしなかったが、一時期、互いに距離を置いた。


 あれは小学三年生の時だ。周囲がだんだんと恋愛に興味を持つようになり、いつも一緒にいる花音と祥多をからかうようになった。

 お互いそれが嫌で何となく離れた。しかし結局、それは長続きしなかった。

 お互いになくてはならない存在になっていたからだ。少し離れただけで寂しいと感じ、やがてそれは苦痛と化した。

 耐えきれなくなった花音と祥多は、一緒にいて何が悪いと開き直り、再び一緒にいるようになった。


 それからはずっと一緒にいた。同じ時を過ごして来た。
< 172 / 346 >

この作品をシェア

pagetop