To.カノンを奏でる君
 入院する前の春は、面倒臭がる祥多を無理やり連れて少し遠出して桜を見に行った。

 夏には、草薙家と時枝家とで海へ行き、海水浴やバーベキューを楽しんだ。

 秋には、共に近所の公園へ紅葉を見に行った。近場の為、紅葉見学の時だけは祥多は嫌がらなかった。

 冬には、外に出て雪遊びに明け暮れた。体に負担をかけないよう、ほんの少し雪合戦をして、雪だるまを作った。


 入院してからの春は、病室の窓から桜を見た。散っていく桜を、祥多は寂しそうに見つめた。

 夏は、病室で共にアイスクリームを食べた。来年は海に行けたらいいねと花音は何度も言った。

 秋は、病室で焼き芋を半分に割って温かさを共有した。

 冬は、病室から雪を眺め、蜜柑を毎日頬張った。コタツを持って来ようかと提案する花音に、祥多は呆れていた。


 たくさんの笑顔で溢れた思い出。刻まれた時間。

 それがとても愛しかった。何よりも誰よりも大切な人。

 祥多が入院する前は家族と過ごす時間より一緒に過ごしていた。何より、家族よりも互いを理解し合っていた。

 祥多ならばきっと、花音の好きなものや大切なものを難なく答えられるだろう。母親よりもスラスラと。

 祥多は家族以上の存在と言っても過言ではない。それなのに、もしも祥多がいなくなってしまったら。


(私はどうすればいいの?)


 本当に分からなかった。心に大きな穴が空いて、自己を見失ってしまうような気がした。
< 173 / 346 >

この作品をシェア

pagetop