To.カノンを奏でる君
第17楽章≫卒業、桜、手紙。
……ポロン
カノンを弾き終えた彼女は、後方の窓を振り返った。
一本だけ先に咲いた桜の花びらがひらひらと舞い込む。
あまりの美しさに見惚れていた彼女は、思い出したように立ち上がった。
椅子にかけてあったベージュのコートのポケットから、白い封筒を取り出す。
表にも裏にも無記名の、まっさらな手紙。
三年前のあの日、直樹から手渡された物だ。祥多に頼まれたからと。本当は渡したくなかったと直樹は言った。
それは彼女も同じ気持ちだった。何故、それを受け取らなくてはならないのだろう。
そう思いながらも受け取ったのは、前に進む為。そのまま立ち止まる事を、彼は決して許さない。
彼女は三年前に受け取ったそれを、静かに読み始めた。
『俺はお前に何をしてやれるだろうか。
そんな事をずっと考えていた。
これを読んでるって事は、万一の時が当たったって事か。
書いてて変な気がするな、こういうの。
ごめんな、約束守れなくて。絶対成功するって言ってたのに叶わなかったな。
なぁ、花音。俺には幸せな未来は準備されていなかったんだろうか。
世の中には、当たり前のように健康で、当たり前のように付き合って、当たり前のように結婚する人がたくさんいる。
それなのに俺はそれを許されない。
おかしいと思わないか? 俺にだって好きな奴と一生を生きる権利があるはずだろ。