To.カノンを奏でる君
「はい。無事に卒業出来ました」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 月に一度この花屋に顔を出している花音は、店員とは仲良しだ。


「大学へ?」

「はい。ピアノを勉強しに」

「では国立音大」

「はい」

「凄いですね。あそこは入るのが難しいと聞きますから、相当な努力を重ねたのでしょう?」

「ピアノを続ける事が、私自身に課せられた宿命のようなものですから」

「……私がこの花屋と出会うべくして出会ったように?」

「きっと」

「ふふ。機会があったら、また」

「ありがとうございます」


 束ねたかすみ草を花音に手渡し、店員は笑った。


 晴れのち曇りと予想された通り、だんだんと空は曇って来ていた。

 明日は雨が降るかもしれないと、花音は独自の予想を立てる。


 二人並んで茶色タイルの歩道を歩く。


 花音と直樹との身長は直樹の頭一つ分違う。

 三年前は少ししか違わなかった身長差。いつの間にか大きな差が出来ていた事に驚く花音。


「ふふっ」

「な、なぁに、急に」

「いやぁ、人は変わるなぁって」

「怖いわよ、ノンノン」

「男の人に見えるわ。どういう心境の変化かしら?」

「……別に?」


 意味深長に微笑み、直樹は視線を前方に戻した。


 まだ冷たい風が頬を撫でて通り過ぎる。
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