To.カノンを奏でる君
「送って来るくらいなら、どうして来なかったのよ」


 静かだが、その口調には怒りと侮蔑な態度が込められている。

 花音は戸惑った。どう説明すれば良いのか全く分からなかった。


「どうしてこの三年間来なかったの」


 引き下がらない美香子に負け、花音は胸の内に秘めた想いをどうにか言葉に変えた。


「容体が悪化したら……変わったら来ないって約束したの。祥ちゃんと」

「悪化? 花音ちゃんはこの祥多君の状態を悪いと見たの?」


 冷ややかに浴びせられる言葉に怯みつつ、懸命に言葉を紡ぐ。


「いつか目を覚ました時、私は傍にいない方がいいと思った」

「え?」

「目覚めた時、ずっと献身的に傍にいて目を覚ますのをずっと待ち続けていたと知ったら、祥ちゃん、凄く傷つくと思った」

「傍にいてくれたのに嬉しくない訳ないじゃない! どうして傷つくのよ?」

「祥ちゃんは優しいから。自分の為にたくさんの時間を割いたのだと知ったら、きっと自分を責める。そうなるより私がいない方がいいと思った」

「バカじゃない、花音ちゃん。悔しいけど、祥多君が傍にいて欲しいと思っているのは貴女なのよ? それなのに」

「どちらにせよ、傷つける事になると分かってた。でも、私にはこうする事が一番いいと思えた」


 乾いた音が響き、花音は痛む左頬を押さえた。直樹は花音の肩を支え、立ったままの美香子を睨みつける。

 美香子は直樹に目もくれず、ひたすら花音を睨みつけていた。


「分かってるような口利かないでよ!」
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