To.カノンを奏でる君
 即座に花音は祥多の病室に向かって走り出した。


「花音ちゃん! 静かに!」


 由希が必死で制するが、自身も静かにしなければならない事に気づいていないようで、声を張り上げた事に違和感を覚えない。


 直樹は花音を追わなかった。自分は後から行けばいい、そう思い売店に買い物に向かう。

 オレンジジュースとリンゴジュースと珈琲を。















 息を荒げた花音は病室に飛込む。扉を開け、息切れしたまま立ち尽くす花音。

 そんな花音に、祥多は俯いていた顔を上げる。

 虚ろ気味な祥多の表情を見、花音は表情を崩した。固く結んだ唇が震え、眉が下がり、目が潤む。


「祥ちゃん……っ」


 掠れた声が室内に虚しく響く。

 ふらついた足取りでベッドに近づき、屈むような形で祥多に抱きついた。


「渚ちゃん……渚ちゃんなんでしょ……」


 祥多と同じ病気で、その子が亡くなって祥多が悲しむという事は、その子は祥多の近くにいたという事。

 渚という10歳の女の子がいて、祥多に懐いていた。同じ病気であるから、お互いに通ずるものがあったのだろう。

 祥多の方も、渚を気に入っていた。まっすぐで曲がった事が嫌いな正義感溢れる女の子だったからだ。


「どうして? 何で……」


 遂に花音の目から涙がポロポロと零れる。
< 19 / 346 >

この作品をシェア

pagetop