To.カノンを奏でる君
 そんな風に花音も俺も苦しんで来た。直樹は祥多から顔を背け、呟いた。


 空気が重くなり、耐えきれなくなった美香子は立ち上がった。そして花音に右手を出す。

 意味が分からず首を傾げると、美香子が苛立ったように花音の腕の中にあるかすみ草を指差した。

 花瓶に生けてくれると気づいた花音は苦笑してかすみ草を手渡した。

 美香子はかすみ草を受け取ると、花瓶を持って足早に病室から出て行った。


 直樹は久し振りの祥多と再会する花音に気を利かせ、珈琲を買って来ると言い、病室を後にした。


 ぽつんと一人残された花音は、眠り続けている祥多を見つめた。


 大きな変化をもたらした三年という月日。

 花音も自身で感じるほど、大人に近づいた。それは眠り続けている祥多も同様だった。


「あれから三年も経つんだよ、祥ちゃん」


 そっと祥多の頬に触れると、指先から温もりが伝わって来る。


 よくこうやって眠っている祥多の頬に触れた。

 いつ死んでもおかしくないと知っていたからこそ、眠ったまま逝ってしまってはいないかと確認する事が癖になっていた。


「そろそろ眠り疲れたでしょ? もう目、覚まそうよ。たくさん話したい事あるんだから」


 半開きの窓から、冷たい風が吹き込む。


 花音は思い出したようにコートのポケットに手を突っ込んだ。
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