To.カノンを奏でる君
第1楽章≫戒めの鎖。
せっかく衣替えした葉が、日が経つにつれ散ってゆく街路樹。
滑らかな歩道には、踏み潰されてしまった落ち葉が見受けられ悲しくなる。
もったいないと思いながらも、息を切らしながら走っている少女にはそれを気にする暇はない。
腰の辺りまで伸びる黒髪を振り乱し、頬はほんのり赤らめている。
寒がりで何度も巻いたマフラーが、徐々に解けるのも気にしない。
周りに流され、最近ほんの少し丈を短くした制服のスカートが走る足にまとわりつこうとも、少女はただ前だけを見て走っている。
スピードの出しすぎで危うく過ぎようとしていた建物に向かい、直角に右折する。
その反動でスクールカバンは肩からずり落ちそうになるが、即座に肘を曲げてカバンが地上へ落ちるのを食い止める。
(あっ……ぶない!)
そう思いながらも、忙しく働く足は止まらない。
――キュッキュとスニーカーと廊下の擦れる音に、一人の看護師が敏感に反応する。
「花音ちゃん! 廊下は走らないっ!!」
突然聞こえた若い女性の声に軽く振り返り、にんまり笑うと手を振った。
「松岡さんも病院ではお静かにー!」
そして少女は注意を無視し、看護師の視界から消えた。
「全く…」
少女をよく知る松岡由希(ユウノ)は溜め息を吐いた。
自らの過去の面影が少女と重なり、放っては置けないとついつい気にかけてしまう。
(やっぱりまだまだ新米だ)
胸のポケットから一枚の写真を取り出す。優しい表情をした少年がベッドの上からこちらを見ていた。
由希は当時の彼より年下であったが、彼の時間は止まり、由希は彼より齢を重ねた。
──もう一度深い溜め息を吐き、由希は仕事に戻った。