To.カノンを奏でる君
 愛嬌が良くていい子だった。祥多だけでなく、花音も気に入っていた。

 優しい子だったのに、こんなにも早く逝ってしまうなんて。


「やだ。やだぁ……」


 病院とは、実際こういう場所だ。

 治療するだけの場所ではなく、命尽きる場所。最期まで懸命に生き、天に召され逝く場所。

 しかしながら、こんなにも身近な渚が逝くなど思っていなかった花音は信じられない思いだ。


「こういう場所なんだ、ここは」


 静かで、明らかに沈んでいる声に花音は体を縦に小さく揺らした。

 祥多の言葉が重くのしかかる。


「渚の死でそんなになって、俺をどう看とる気だ?」


 ずっと考えないようにして来た事をまっすぐ訊いて来た祥多に、花音は下唇を噛んだ。

 何も言えないままの花音。


 逝かないで──そのたった一言、それが言えない苦しみ。

 口にする事は、祥多に圧力をかける事になる。それに加え祥多も、死にたいわけではない。


 生きたい、しかし生きられない。そんな状態に在るのだ。


「ごめん。ごめんね、祥ちゃん……」


 謝り、震える花音の背中に祥多は手を回した。


 この形態はあの日──花音が祥多の余命を知ってしまった日以来だ。

 泣く花音を抱き締める。しかし、以前とは違う点が幾つかある。
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