To.カノンを奏でる君
 入ってすぐ花音の目に飛び込んで来たのは、ベッドの上で上半身を起こした状態でいる祥多の姿だった。

 起きたばかりのような虚ろな目を二人に向けている。


 花音は驚きの声を上げ、口許を覆った。


 まるで夢を見ているかのようだった。目覚める事はないかもしれないと言われた彼が、今、目の前で起き上がっている。

 奇跡が起きたのだと花音は思った。そしてすぐさま、祥多に抱きついた。


 溢れる涙を拭う事もせず、抱き締める。


 懐かしい温もりが、花音の腕の中に在った。その事が嬉しくて嬉しくて、余計に涙が止まらない。


「祥ちゃん、祥ちゃん…っ」


 嗚咽を漏らしながらも懸命に祥多を呼ぶ。


「祥ちゃんっ! 私、ずっと待ってたんだよ。祥ちゃんが目覚めるのを、ずっと、ずっと…」


 近くで待つ事はしていなくとも、祥多の目覚めを待っていた事は事実だ。


「手術を終えて、祥ちゃんの口からあの約束が撤回されるの待ってたの。この三年間、私──」

「お前、誰だ?」

「え……?」


 思わぬ言葉に、花音は祥多を放した。


 少しずつ後退して行く花音を怪訝そうに見遣る祥多に、花音は驚きを隠せない。


「祥、ちゃん?」


 今、彼は何と言ったのだろう。


“誰だ”?


 何故、そんな言葉が彼の口から出て来るのだろう。

 急に力が抜け、座り込みそうになった花音を、直樹が慌てて後ろから支えた。
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