To.カノンを奏でる君
「ごめん。俺、どうしてもお前の事もそいつの事も……」

「やめて!」


 突然、花音が叫んだ。

 悲痛な泣きそうな声。俯く花音が怯えるように首を振っていた。


「やめて。聞きたくない。これ以上言わないで」

「ノンノン」

「もういいよ、分かったから。何も言わないで……」


 直樹のシャツの裾を掴む花音の手は小さく震えていた。直樹だけがそれを知っている。

 小さな体で堪えている、目の前の無情な現実。

 直樹の中で、何とも言い難い負の感情が取り巻く。


 旧知の仲でも混乱しそうなほど入り雑じったそれぞれの感情に、記憶喪失の祥多がついていけないのは当然だった。


「あ~~!! 何なんだよ、お前ら! 意味分かんねぇ事ばっか言いやがって。分かんねぇっつってんだからしゃーねぇだろ!」


 記憶を失くした祥多の冷酷な言葉に、花音は衝撃を受けた。

 予想もしなかった言動に心を痛めた花音は、唇を強く噛み、瞬く間に祥多の病室から走り去った。

 気づいた直樹が慌てて花音を追いかける。


 美香子が声を上げた時には既に、二人の姿は病室にはなかった。


「何なんだよ。変な奴ら」

「祥多君、違うの。……私の事を何となく覚えていてくれたのは凄く嬉しい。でも、でもね、私も大人になったの。少しは成長したんだよ?」

「………?」

「祥多君の相手は、花音ちゃん。間違えちゃダメだよ」


 美香子は出来る限り相手に伝わるように言葉を選んだ。

 しかし、気難しい顔をしている祥多を見て、どう言えば分かってもらえるものかと思案する。
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