To.カノンを奏でる君
「悪ィ、花音。雑誌買って来てくれ」

「え?」


 祥多の突然の頼みに、花音は涙を拭く。


「どの雑誌?」

「適当。暇潰しになりそうなヤツ」

「えー……うん、分かった」

「よろしく」


 曖昧な頼みに困りながらも、売店に行くだけで重労働の祥多の代わりに花音は財布を持ち、病室から出て行った。

 祥多と直樹、二人だけの病室。妙な沈黙に、直樹は息詰まる。


「直」


 名前を呼ばれ、直樹は祥多を見る。そして息を飲む。

 顔を伏せ、肩を震わす祥多。声にならない声が室内に小さく響く。

 直樹は寂しそうに祥多を見つめる。


 もう永くはないと、過去に祥多自身の口から聞かされた。だからこそ、どうにも出来ず死を待つだけの祥多を思い、胸を痛める。


「なあ、直」

「ん…?」


 掠れた声である祥多になるだけ優しく返す。


「俺、怖ぇよ。死ぬの、怖ぇ……」

「祥多…」


 初めて耳にする祥多の弱音。そんな祥多に、直樹は珍しく名を呼んだ。

 あだ名ではなく、祥多自身の正しい名を。


「ごめんな…。渚の奴、元気だったのにいきなり逝っちまったんだ。そしたら急に、怖くなった」


 胡座を掻き、握り締めた拳の上に涙が落ちていく。

 花音の前ですら涙を見せた事のない祥多を前に、直樹はどうする事も出来ない。
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