To.カノンを奏でる君
 改めてその事実と向き合うとどうしようもなく苦しくて、悔しくて、泣き崩れてしまいそうだった。

 花音は拳を握り、その衝動を抑える。


 母は物静かにその様子を観察し、これ見よがしに深い溜め息を吐いて見せた。

 まるで失望したとでも言いたげな表情に、花音はムッとして母を睨みつける。

 しかし母はそれを歯牙にもかけずあしらった。


「貴女の想いはそんなもんだったわけね」

「え?」

「私が認めない、関わるな、そう言った時。貴女はいつも、一緒にいて何が悪い、そう言い返して来たわよね」

「…………」

「それなのに、今の貴女は何? どうしたらいいかなんて好き勝手に悩んで」

「っ?!」

「逃げてるだけじゃない。目を逸らして、自分の事しか考えてない。自分が一番楽な方法だけを模索してる」


 母は今の花音の弱点を突く。

 今の母の姿に、昔の母の面影はなかった。在るのは、凛として娘と向き合う、変わった母の姿。


「祥多君が貴女を忘れたから何なの? 貴女が祥多君を好きな事は変わらないじゃない」

「私は、」

「自分が幸せになれる事だけを考えてる今の貴女に、祥多君の傍にいる資格はあるの?」


 最後の言葉は、花音の心に深く突き刺さった。


 自分が幸せになれる事だけを考えている。

 言われてみれば、そうだった。あの決心も、どうしようかと迷う心も、自分の幸せだけを考えたからこそ出現したものだった。
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