To.カノンを奏でる君
第22楽章≫キミだけが知ってる“かすみ草”。
幸場病院に向かう途中、林檎を一つ購入した。
記憶喪失になったとしても好みや習慣はそう簡単に変わらないだろうと思ったのだ。
お気に入りの『花の歌』を歌いながら病室の前まで辿り着いた。
どんな顔をされるのだろうかと少し不安に重いながらも、いつもの笑顔で乗りきろうと気合いを入れる。
笑う門には福来る、だ。
一つ深呼吸をし、扉を叩いた。低く小さな声でどうぞと返事があり、取っ手を掴む。
にっこりと笑み、扉を開けた。
「おはよ、祥ちゃん」
「……お前……」
扉を閉めてベッドに近づくと、声と同様に怪訝そうな顔をしていた。
ズキッと心が痛むのを無視して笑顔で話しかける。
「こんな朝早くに来るか、普通。傍迷惑な奴だな」
「傍迷わ……失礼な!」
言い返された祥多は唖然とした。言い返されるとは思ってもみなかったようだ。
その様子に、花音は虚しさを覚える。
(どうしてそんなに驚いてるの? いつものやり取りだったじゃない…)
やりきれない気持ちを抱え、それでも尚、笑顔を浮かべ続けた。
「祥ちゃんが毎日6時に起きる事くらい百も承知ですー。祥ちゃんの事で知らない事はないくらいにねっ」
「何でんな事知ってんだよ」
「あのねぇ。幼なじみなんだから、好みや習慣くらい知ってるの」
ふぅっと溜め息を吐き、ゴトンと林檎の入った袋を机に置いた。