To.カノンを奏でる君
第23楽章≫心から、おはようの言葉を。
三階の小児科のピアノ室の前には人だかりが出来ていた。
祥多は目を丸くして首を傾げている。そんな祥多に、花音はそっと耳打ちした。
「ピアノを弾いてあげるボランティアなんだよ」
そうなのかと納得したが、すぐにまた首を傾げた。
小児科であるにも関わらず、人だかりの中に混じっている大人達の姿。老人の姿もちらほら見受けられた。
「最初は子ども達だけだったの。でも、私が引き継ぐようになってからはだんだんと大人の人も来るようになって」
一度に何回も驚かされた祥多は、呆然とその人だかりを見つめていた。
元々はね、祥ちゃんの居場所だったんだよ。私はその留守番をしていただけ。だからこの場所は、君の居場所なんだよ──。
花音は優しく、祥多に囁いた。
これだけが、花音が祥多にしてあげられる事だった。堂々と、してあげられる唯一の事だった。
花音にしか出来ない、祥多が帰って来るまでの留守番係。三年間ずっと守って来たこの場所を、やっと祥多に返す事が出来る。
そう思うとやっと、花音は祥多の目覚めを肌身に感じる事が出来た。
「あ~っ! 祥多だぁー!!」
「えー?! 本当?!」
一人の少年が祥多に気づき、こちらに突進して来る。
それに続き、我先にと言わんばかりに子ども達が駆けて来た。
あっという間に、花音と祥多は三十人ほどの子ども達に囲まれる。
「祥多、目ぇ覚めたの?」
「祥兄ちゃん? 本当に祥兄ちゃん?」
「うっわぁ! すごぉい、祥多君が起きたぁ!!」