To.カノンを奏でる君
「じゃあ早速、始めましょうか! 今日のリクエストはー?」

「俺あれがいい!」

「待てよ、今日は俺の番だろー!」

「ちょっと潤君、たまには譲ってよ!」

「はいはいはい、リクエストは三曲まで!」

「げっ。花音まで祥多みたいな事言うなよなぁ、ケチ」

「ケチ?! ケチって何よ、潤君!」


 ピアノ室に入るなり、騒がしくなる。


 花音はずっと留守番係をしていただけあって、祥多のやり方に則ってやっていた。

 花音はあくまでも祥多の代わりなのだから、やり方を変えてしまっては留守番係とは言えない。


 ピアノの側の窓際に祥多を留まらせ、花音はピアノに向かった。一先ず今日までは、という思いだ。

 もし弾けそうであれば弾かせる気はある。

 何と言っても、祥多は根っからのピアノ中毒だ。頭で覚えていなくとも体が──指が、覚えているはず。

 花音はそう思っていた。


 子ども達のリクエスト三曲弾き終えると、大抵の子ども達は自分の病室へ帰って行く。

 その後、気紛れに童謡を弾いたり邦楽や洋楽を弾いたりするせいか、リクエスト三曲が終わると退屈になるので帰ってしまうのだ。


 最初は落ち込んだ花音だったが、徐々に聴きに来る大人が増え、妙な循環が出来てしまった。

 前半は子ども達のリクエスト三曲に応え、後半は気紛れ。大人達はその気紛れに付き合って静聴していた。

 花音の気紛れは大抵、古い曲ばかりなのだ。
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