To.カノンを奏でる君
第24楽章≫桜の花に、染まる緋。
二週もの間、花音や美香子や直樹が毎日のように祥多を見舞った。
記憶は戻らないままだったが、三人と過ごす時間は温かく、祥多は幸せを感じていた。
ただ気になっていたのは、花音の表情だった。日を追う毎に鬱な表情になってゆく。
どうしたのかと尋ねても、笑って首を振るだけ。
心配しながらも、その心配を受けようとしない花音に寂しく思いながら、祥多には成す術がなかった。
そうして特に何事もなく、祥多は退院の日を迎えた。
リハビリの甲斐あってか、ちゃんと自分の足で歩けるようになった。
病院の玄関まで、世話になった主治医と看護師に見送られる。
六年振りの退院に、祥多の母は感極まって涙を流しながら、主治医に何度もありがとうございますと頭を下げた。
「祥ちゃん!」
声がした方を見やると、満面の笑みを浮かべた花音が駆けて来る。
下ろした長い髪を振り乱し、白の膝丈のワンピースに、七分袖のデニムジャケット、シルバーパンプス。
檸檬色のポシェットがリズム良く跳び跳ねている。
いつもとは少し違う服装に、祥多は惹きつけられた。
「退院おめでとう!」
息を切らしながらも、笑顔で退院を祝う花音の言葉に、祥多の口許が緩む。
「サンキュ」
うん、と頷き、花音は振り返り大きく手招きした。
祥多は花音の後方に目を向ける。
すると、三十代半ばと見られる女性が急いで駆けて来た。
それを見た祥多の母は、驚きの声を上げる。
「松岡さん! わざわざ来て下さったんですか?」
「ええ。祥多君が今日退院だと、花音ちゃんから聞いたものですから」