To.カノンを奏でる君
「花音ちゃんの方が祥多君を幸せに出来る。そう気づいただけよ」

「ふーん」

「そういう花園君こそ、いいの? 祥多君にすんなり譲っちゃって」

「元々、邪魔するつもりなんてないもの」

「あ、そ」


 美香子の最後の言葉を受け流し、直樹は二人の行った方向を見つめ、ぼんやりと呟いた。


「例え記憶を失くしても、あの二人は見えない糸で結ばれているのね」


 そんな一人言を、美香子が会話にする。


「糸っていうより、あの二人には縄じゃない?」

「ぷっ。やだ、葉山さん巧い!」

「でしょ。……それくらい固い絆で繋がっているんだろうね。記憶喪失になって最初に好印象を得たのは私なのに、結局、祥多君の目は花音ちゃんに向いちゃうんだもん」

「そうね。不思議だけど、あの二人は一緒にいてくれなきゃ落ち着かないわ」

「うん」


 優しい友人達に見守られながら歩いて行く二人の道が、歩くにはまだ少し険しい事を、誰一人として気づいてはいない。


 このまま結ばれるのだと、誰もが思っていた。


 誰一人として、花音の固い決意を見抜けずに……。















「ちょっと祥ちゃん! 歩くの早い!」

「あ、あぁ、悪ィ」


 早足で先を歩いていた祥多は立ち止まった。


「何か怒ってるの? もしかして嫌だった? 桜見」

「んな事ねぇよ! お……俺は、た……たの、楽しみにしてたんだからな。ふ、二人で行くの」


 顔を真っ赤にしてたどたどしく弁解する祥多に、花音はつられて照れた。


 大通りの歩道に立ち、向き合ったまま恥ずかしそうに俯いている二人を、周囲はちらりと見ては気にする風でもなく去って行く。


 どのくらい経った頃だろうか、ふと祥多が口を開いた。


「行くぞ」

「う、うん」


 二人は肩を並べて歩き出す。


 祥多にとっては全く初めての、花音にとっては好きな人とは初めてのデートに、どうすれば良いのか分からない。
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