To.カノンを奏でる君
「違う! 祥ちゃんは悪くない、私がっ……」

「何言ってんだよ。悪いのは俺だろ。記憶喪失になったのも全部」

「バカな事言わないで! 祥ちゃんが悪いなんて思った事ないよ! さっきのは私が無理な事言ったから」

「や、だから」

「祥ちゃん!」


 有無を言わさぬ花音に祥多は折れた。何を言っても無駄だ。


「ったく。お前、こんな時は強いよなー」

「……それ誉めてんの? 貶してんの?」

「誉めてる」

「嘘だ」

「ははっ!」

「ふふ…っ」


 いつの間にか笑えている事に、二人は安堵した。


 あのままの雰囲気を持ち越しての桜見続行はかなり厳しい。双方ともそう思っていたからこそ、空気が和らいだのにはほっとした。


「祥ちゃん、喉渇かない? 飲み物買って来るね」

「あ、俺が……」

「いいよいいよ。後でアイスおごってもらうから」


 悪戯に笑いながら、花音は少し向こうの販売機の方へ駆けて行った。


 待っている間、先の考え事を思い出す。


 花音の言う“あの約束”と、美香子の言う“あの約束”は同じなのだろうか。

 あの約束とは、一体どういう約束なのか。花音を縛り続けている約束とは一体……。


 自分の気持ちを言おうとした時のあの、花音の過剰な反応。あれを見る限り、安易な気持ちで交わした約束ではないのだろう。


 祥多は痛む胸を押さえた。


 自分が今後どれほど彼女を想っても、空いているこの溝が埋まる事はないだろう。記憶が戻らない限り、この溝は埋まらない。
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