To.カノンを奏でる君
 ただひたすら悔しかった。縮める事の出来ない距離を切々と感じる。

 強く握った拳が、指先から冷えていく。

 歯痒くて堪らない。記憶喪失にならなければ、こんな思いはしなかった。

 彼女を傷つける事もなかったはずだ。


 自分で自分を思いきり殴ってやりたい衝動に駆られた。

 しかしここは公の場。いきなり自分を痛めつける男など、不審者以外の何者でもない。

 祥多もそれくらいは理解していた。


 自制する為に大きく深呼吸をしていると、花音の怒声が聞こえて来た。驚いて販売機の方を見る。


「何で勝手に押すの?! 大体、これ私のお金! 返してよ、120円!」

「花見には汁粉だろ、やっぱ」

「誰も早河君の風情なんか聞いてないから!」

「一人で花見? 何なら俺と」


「花音」



「あぁ、祥ちゃん。ごめんね、待たせて」


 取りあえず近づいた祥多を見るなり、手を合わせて詫びた。

 祥多は、いや、と首を振り、早河と呼ばれている男に目を向けた。

 明らかに嫌そうな目つきで祥多を見下ろしている。祥多とは頭一つ分違う。


「誰、コイツ」

「ちょっと。コイツ呼ばわりしたら答えないよ」

「………。ドチラサマデスカ」

「幼なじみの時枝祥多。で、祥ちゃん。こっちは同級生の早河隆太君」

「ドウモ」


 静かに差し出された右手を、祥多は恐る恐る握り返した。案の定、強く強く握り返される。
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