To.カノンを奏でる君
 早河の目がありありと拒絶しているように見えるのは、果たして祥多の気のせいなのだろうか。

 祥多は愛想笑いを早河に返す。すると余計に、早河の目は嫌なものを見るように歪む。


「――で、何してんの? オサナナジミと」

「桜見。ずっと前から約束してたの」

「ふーん」

「早河君は?」

「俺は、春っぽい曲を作ろうかと思ってうろうろしてた」

「新曲?! 聴きたい!」

「だからそれを作る為に散歩してんだって」

「そっか~。楽しみにしとくね」

「んじゃ、タイトルは“花音”にするか? 春らしくていーよな」


「っ……!」


 突然、祥多が頭を抱えて前屈みになった。花音は驚き、慌てて祥多の背中を擦る。


「祥ちゃん?! どうしたの? 苦しいの?!」


 花音の脳裏に三年前の祥多の発作が思い出される。

 背筋が凍るような寒気がした。花音が震えて固まっている。


 祥多は割れるような頭の痛みに、懸命に耐えた。


(タイトル……カノン……)


 何かを思い出せそうで、思い出せない。

 記憶の欠片が見え隠れする。

 誰かの笑い声と涙声が重なって聞こえる。


 一体、誰のものなんだ。


(思い、出せない)


 祥多は悔しさに、強く唇を噛み締めた。頭痛が和らぎ、やっとの事で顔を上げる事が出来た。

 肩で息をしていると、背中に手を当てながら涙ぐんでいる花音と目が合った。微かに震えていた。

 祥多は驚き、言葉をかけてやる事も出来ずにそのままじっと花音を見つめる。
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