To.カノンを奏でる君
「大丈夫……?」


 余程怖かったのか、花音の声はいつもより弱々しく、震えていた。


 思いきり抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、ギリギリのところで踏み留まる。

 早河の前だと言う前に外。少ないとは言え、人はいる。


「悪い。少し頭が痛んだだけだ」

「そ……か。良かった…」


 ほっとしたように眉根を下げる。


 一生懸命で、自分の事のように心配してくれる彼女を、祥多は愛しいと思う。


「体調悪いならもう帰ろっか」

「いや、来たばっかだし。もう頭痛もやんだから続けよう」

「でも」

「やっと叶った桜見だろ。楽しんで帰ろーぜ」

「祥ちゃん……」

「行くぞ、花音」

「うんっ」


 優しく笑う祥多に笑みを返し、花音は早河に目を移した。


「じゃあ早河君、また今度。そのお汁粉は作曲の為に差し入れるよ」


 気づくともう歩き出していた祥多を慌てて追いかける為に、早河に適当に手を振った。


 早河は、幼なじみの元へ駆けていく花音の背中をじっと見つめた。


 残っているのは、手の中にある温かいお汁粉。

 想いを寄せる彼女からもらったそれをその場で飲むのはもったいなく、早河は灰色の薄いロングコートのポケットに入れた。


 それからまた去って行った二人を見つめると、二人は仲睦まじく、長年の歳月を物語るような雰囲気で肩を並べて歩いていた。


 あの男が彼女の想い人なのだろうかという疑問を不本意ながらも残し、早河は頭の中を切り替え、花音達とは逆の方向を歩き出した。
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