To.カノンを奏でる君
「やぁだ、全然楽しくなぁい! 何の展開もなかったの?」

「展開?」

「告白された、とか」


 途端に花音の顔が強張ったのを、直樹は見逃さなかった。

 告白、を巡って何かあったのかと推測し、直樹は黙って花音の返答を待つ。


 花音は自分の肘をぎゅっと握り、唇を噛んでいた。直樹に話す事に少し抵抗があった。

 自分の失態で祥多を傷つけたと、簡単に口に出来るほど、花音は強くない。


 直樹は、葛藤しているらしい花音を優しく見守る。

 話してくれるなら話して欲しいし、話したくないなら話さなくていい。直樹はじっと、花音の出す答えを待つ。


 花音はすぅっと息を吸い、直樹を見た。優しい瞳に迎えられ、思わず泣いてしまいそうになる。


「祥ちゃんが……言ってくれそうだったの」

「好きだって?」


 小さくこくりと頷く花音。


「でも私、やめてって遮ったの。今は聞けないって。そしたら祥ちゃん、凄く凄く傷ついた顔した」

「ノンノン……」

「あの約束をずーっと守って来たの。なのに簡単に破られそうになった事がショックだった。私、私が一番」


 祥ちゃんの記憶喪失を受け入れてなかったの──。


 花音は蚊の鳴くような声で言った。それから顔を覆う。


 祥多の記憶喪失を受け入れられていたなら、花音は素直に祥多の告白を受けていた。

 そうして全て、ハッピーエンドに行き着くはずだった。


 しかし花音は気づいてしまった。

 祥多の中にない記憶は自分が持っているから、と偉そうな事を言っておきながら、本当は自分が一番記憶喪失を受け入れていなかったという事を。
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