To.カノンを奏でる君
「分かる。分かるよ、ノンノンの気持ち。あの約束をしてからの思い出を消したくなかったんでしょう?」


 直樹の言葉に、うんうんと力強く頷く花音。

 直樹はそっと花音に近寄り、肩を優しく撫でる。


「あの約束を撤回されないままに告白されるって事は、あの約束をしてからの今までが否定される事だって思ったのよね?」


 大きく頷く、小さな花音の肩を抱き締めてやった。

 たくさんの事を身に受けて来た花音に、まだ受けろと言うのだろうか。

 どうして花音ばかりが苦しまなければならないのか。花音の苦しみを少しでも分ける事は出来ないのか。


 何もしてやれない、代わってやれない事が何より一番歯痒かった。


「時々思っちゃうの。絶対に思っちゃいけない、最低な事」

「ノンノン。アタシしか聞いてないから。全部吐き出していい」

「ほんとに本当に最低だよ?」

「うん」

「……記憶喪失になって私の事忘れちゃうくらいなら、あの時会えなくなった方が良かったっ!」

「……っ。ノンノン…」

「一生眠り続けてくれてた方が良かった!」


 堰を抜いたように泣き出した花音を、直樹は強く強く抱き締めた。こうして抱き締めてやる事しか出来ない。


 ごめんねと口にしそうなのを寸前のところで止めた。

 謝るのは花音を余計に傷つけるという事を、直樹はよく知っていた。


「思っちゃいけない事かもしれない。でも、それでも、人間なんだもの。絶対に正しい人なんていないのよ、ノンノン」
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