To.カノンを奏でる君
 せっかく結った髪型が崩れないように気を遣いながら、直樹は優しく花音の頭を撫でる。


「そう思ってしまう自分を責めて、苦しかったでしょう?」

「直ちゃん、何で怒らないの? 何で責めないの……」


 直樹の腕の中で、花音はか細い声で尋ねた。

 直樹は小さな花音をぎゅうっと抱き締める。


「自分で責めたんだから、もう充分でしょ」


 直樹の声音がひどく優しくて、花音の涙は更に増す。


「ねぇ、ノンノン。もしつらいのなら、他の人に目を向けてみたら?」

「他の人に…?」

「もしかしたら、タータンより好きになるかもしれない。ずっと一緒にいたとか、そんな義理的なものはもういいのよ。ノンノンの幸せを見つけて」

「私の幸せ?」

「タータンの傍にいる事が幸せなんてどうして分かるの? タータン以外の誰かの傍にいた事がなきゃ、そんなの言えないわ」


 花音はそっと、直樹の腕から抜け出し、直樹を見つめる。


「他の人に目を向けて、それでもタータンしかいないと思ったなら、タータンの傍にいればいい。でももし、その人といる方が幸せだと思えるなら、その人といなさいな。……タータンに振り回される事はないのよ、ノンノン」

「直ちゃん…」

「早河君、だっけ? 彼はノンノンを大事にしてくれると思うけど」

「直ちゃんは、それでいいの?」

「アタシは、ノンノンの幸せそうな笑顔が見たいだけよ」


 口許を綻ばせた直樹の顔を、花音はじっと見つめていた。


 三年前、自ら祥多から離れようと思った事があった。しかしそれは、お互いの為、祥多の為だった。


 今回は違う。花音の為だけの、身勝手。

 自分の幸せを探す為に、祥多の気持ちを無視して距離を置く。
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