To.カノンを奏でる君
 それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。


「直ちゃん…。いいのかな、私。自分勝手にして、」

「良いも何も、ノンノンはタータンのものじゃないでしょ。ノンノンがどう生きるかは、ノンノンが決める事よ」


 直樹の言い方こそ優しかったが、言葉はとても的確だった。まっすぐに花音を捕らえる。


 花音は少しの迷いに、机の上にある携帯電話を見つめた。昨日の夜に早河からもらったメールを思い出す。


“新曲が出来たから試聴して欲しい。明日1時に会えない?”


 屈託のない彼の笑顔が、花音の脳裏に浮かぶ。


 友達として信用し、信頼している早河。その彼を恋愛対象として見る──。


 ほんの少しだけ、胸が高鳴った。


 嫌いなわけはない。そう、思えば出会ったあの頃は、祥多しか恋愛対象として見ていなかった。

 祥多以外の誰かを好きになるという事が有り得ないと思っていたのだ。

 しかし、恋愛対象は祥多だけではないと気づいた花音に、早河隆太という男は、急に特別な存在に思えた。


 改めて早河を男として思うと魅力的な男だ。

 頭も良く努力家で、比較的、他人には優しく自分には厳しい。裏表は特になく、思った事ははっきりと言動に表す。

 今時の若者にしては、しっかりしている信用に値する人間だ。


 早河が爽やかに笑いながら、草薙、と花音を呼ぶ姿が目に浮かぶ。
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