To.カノンを奏でる君
 いずれにせよ、少し祥多から離れようと思った。離れてみたら、自分にとっての祥多の存在の大きさが分かるはず。


 花音の中にあった小さな迷いは、静かに消えた。















 カチャン、という門の開く音に、祥多は我に返った。


 手元には、外国のファンタジー小説が和訳された分厚い本。居間にある本棚から取って来たものだ。

 母によれば、以前の自分はこの本を気に入っていたのだと言う。それで興味が湧き、少しずつではあるが読み進めている。

 それに栞を挿し、青色のカーテンを開ける。


 先ほど開いたのは時枝家の門ではなく、草薙家の門だった。

 花音が門の外に出て、きょろきょろと辺りを見回し、門に背を預けて立っている。


 人と待ち合わせているらしいという事は一見で分かった。外行きの格好だ。しかし昨日とは違うカジュアルな格好だった。


 祥多は一階へ降りるとそのまま玄関に直行した。


「祥多?」


 母の声に返事を返そうか迷ったが、すぐそこまでなので何も言わずに玄関を出た。


 ドアを開ける音に気づいたのか、花音は視線を時枝家に向けた。

 ほんの少し目を見開いだが、すぐに口許を綻ばせる。


「おはよう。……って時間じゃないね。こんにちは?」

「おう」

「どこか行くの?」

「いや、窓からお前が見えたから、その」

「どこ行くのかって訊きに来たの?」

「……おう」
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