To.カノンを奏でる君
 祥多の正直な返答に、花音は小さな笑い声を立てた。


「早河君と待ち合わせてるの。昨日話してたでしょ? 新曲がどうこうって。あれが出来たから試聴してくれってメールがあって」

「アイツと……」

「うん。早河君、曲が出来たら一番最初に私に聴かせてくれるの。で、私が思いっきり批判してあげるのがお決まり」

「それってさ、もろお前に好意示してるよな」


 一番最初に聴かせてくれる、と言って喜んでいる花音を見た祥多は、早河に猛烈に嫉妬した。

 早河の好意は受けても、自分の好意は受けてくれない。そう思うと無性に腹が立った。


「それとこれとは別だよ。うちの学校で──って、もう卒業しちゃったけど、ピアノやってる人があんまりいないの。進学校だったから、勉強第一って感じで。だから私に聴かせてくれるんだと思うよ?」


 花音の弁解も虚しく、祥多は向きを変えて自宅へ戻って行った。

 足早に去って行った祥多の背を寂しそうに見つめ、花音は俯いた。


 いつもなら、待ってと引き止めていたところだ。しかし今日はそうはしなかった。

 距離を置くと決めたのだ。深追いは出来ない。


 小さく開いた口から、吐息がこぼれる。

 空を見上げると、朝とは違って曇り始めていた。


 時計を見ると、12時58分。

 家を出る前に、今郵便局の近くを歩いているとメールがあった。

 郵便局から草薙家までは五分弱。もうすぐ来てもいい頃だ。


 花音は自分の足許に目をやり、爪先を上げたり下げたりして早河の到着を待っていた。





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