To.カノンを奏でる君
あの後すぐに早河はやって来た。
それから早河の家であるマンションに招かれ、例の新曲を聴かせてもらった。
春らしく柔らかな音色に、桜がサアァッと散り行くように少し激しさも交えられた曲。
気になった点を指摘し、花音は早河が出した珈琲を啜っていた。
10階に位置する早河宅の小さなベランダからは、町並みを見渡す事が出来る。
ちらほらピンク色が映えて見える場所がある。きっと桜だろう。
窓辺に立ち尽くし、町並みを眺めている花音の傍に、早河はそっと近寄った。
「何見てんの」
「ん、雨降りそうだなって」
「そういや、午後になって急に天気が崩れて来たな」
「うん」
どこか遠い目をする花音を見つめていた早河の胸が、切なく痛む。
誰の事を考えているのか、すぐに察しがついた。昨日会ったあの幼なじみ。
花音の彼に対する態度は、三年間傍にいた早河でさえ初めて見るほど、女の子らしさに溢れていた。
あれはもう誰が見ても、彼女が幼なじみの彼に恋をしているのだと分かる。
彼女を好きであれば尚更、刹那に感じ取る事が出来る。
早河は花音に聞こえないほどの小さな溜め息を漏らした。
隣で花音が、不安そうな顔をして、ぎゅっと胸元のペンダントを握り締めていた。
早河が、花音の握るそれがペンダントだと分かったのは、毎日花音がつけていたからだ。
普段規則も破らない優等生な彼女が、毎日一つだけ隠れて校則を破っていた事を、早河だけが知っている。