To.カノンを奏でる君
手術は成功して、目覚めて、やっと──好きだって言えると思った。密かに育んで来た恋心をやっと伝えられるって。
でも、目覚めた祥ちゃんは今までの記憶を失くしてしまっていた。
日常に支障はないけれど、自分の事も周囲の人間の事も全て忘れてしまっていた。
だから私は、今も祥ちゃんに想いを伝えられないまま……。
語り終えるのと弾き終えるのはほぼ同時だった。余韻に浸り、花音は静かに顔を上げて早河を見た。
何とも言えない複雑な表情で花音を見ていた。
珍しい顔をしている早河に、花音は苦笑する。
「早河君がそんな顔する事ないじゃない?」
「そんな事情だと思わなかった」
「普通は思わないでしょー」
今度は盛大に笑って、ピアノ室からリビングへ移る。
テーブルに着き、すっかり冷めてしまった珈琲を啜った。冷めても変わらないおいしさに、花音の口許が綻ぶ。
「早河君の珈琲はやっぱりおいしいね。何だか落ち着く」
「俺と結婚したら毎日飲めるぞ」
「ぷっ。早河君らしくなーい」
話していた寂しそうな顔とは打って変わった笑顔に、早河はほっと息を吐いた。
それから花音の向かいに腰かける。
「なあ、草薙」
「ん?」
「つらくないか」
「何が?」
「好きな奴に忘れられたら、俺はすげぇ苦しい」
「うん。苦しいよ、今でも。何でこうなるんだろうって、いっぱい泣いた」
「草薙……」
「でも、一人じゃないから。だから頑張れる」
「そ、か」
「うん。……ごめんね」
「いや。諦めるつもりはないからさ」
「え? 諦め……ないの?」
「何年片想いしてると思ってんだ。三年だぞ、三年。簡単に終わらせて堪るかっ!」
「えぇぇぇぇ」
花音は呆れたような疲れたような声を上げた。早河は満足そうに笑っている。
「珈琲、お代わりは?」
「い、いる」
「よし。惚れ薬でも仕込むかな」
「ぅえぇ?!」
花音のマグカップを手に、早河の姿は鼻歌混じりにキッチンへと消えた。
でも、目覚めた祥ちゃんは今までの記憶を失くしてしまっていた。
日常に支障はないけれど、自分の事も周囲の人間の事も全て忘れてしまっていた。
だから私は、今も祥ちゃんに想いを伝えられないまま……。
語り終えるのと弾き終えるのはほぼ同時だった。余韻に浸り、花音は静かに顔を上げて早河を見た。
何とも言えない複雑な表情で花音を見ていた。
珍しい顔をしている早河に、花音は苦笑する。
「早河君がそんな顔する事ないじゃない?」
「そんな事情だと思わなかった」
「普通は思わないでしょー」
今度は盛大に笑って、ピアノ室からリビングへ移る。
テーブルに着き、すっかり冷めてしまった珈琲を啜った。冷めても変わらないおいしさに、花音の口許が綻ぶ。
「早河君の珈琲はやっぱりおいしいね。何だか落ち着く」
「俺と結婚したら毎日飲めるぞ」
「ぷっ。早河君らしくなーい」
話していた寂しそうな顔とは打って変わった笑顔に、早河はほっと息を吐いた。
それから花音の向かいに腰かける。
「なあ、草薙」
「ん?」
「つらくないか」
「何が?」
「好きな奴に忘れられたら、俺はすげぇ苦しい」
「うん。苦しいよ、今でも。何でこうなるんだろうって、いっぱい泣いた」
「草薙……」
「でも、一人じゃないから。だから頑張れる」
「そ、か」
「うん。……ごめんね」
「いや。諦めるつもりはないからさ」
「え? 諦め……ないの?」
「何年片想いしてると思ってんだ。三年だぞ、三年。簡単に終わらせて堪るかっ!」
「えぇぇぇぇ」
花音は呆れたような疲れたような声を上げた。早河は満足そうに笑っている。
「珈琲、お代わりは?」
「い、いる」
「よし。惚れ薬でも仕込むかな」
「ぅえぇ?!」
花音のマグカップを手に、早河の姿は鼻歌混じりにキッチンへと消えた。