To.カノンを奏でる君
第26楽章≫傍らで案じる者。
花音の家を後にした直樹は、お気に入りのカフェで珈琲を啜っていた。
二階建ての洒落たカフェで、帰って来てからは暇がある度にここで珈琲を飲んでいる。
珈琲と合うほんのり甘いハニーブレッドを見つめながら、直樹は物思いに耽る。
花音にああ言っておいて筋違いだが、花音には祥多しかいないと思う。
もちろん、それは祥多にも言える事だ。双方とも双方でなければならない。
最後の最後で、花音は祥多を選ぶはず。
そんな願いにも祈りにも似た期待を、直樹は内に潜めていた。
「ま、おいしそうなハニーブレッド。私もそれにしようかしら」
頭上からそんな言葉が降って来たかと思うと、美香子が空いている椅子に腰かけた。
突然の美香子の出現に、直樹は唖然としたまま。
その間に美香子は淡々と、やって来たウェイターにココアとハニーブレッドを注文していた。
ウェイターが一礼して下がったところで、直樹は言葉を発した。
「え、何、葉山さん?」
「ちょっと。電話に出ないってどーゆー事よ」
鋭い睨みを利かせ、美香子は刺々しく直樹に言った。
「電話?」
と、首を傾げながらバッグを探って携帯電話を取り出すと、美香子からの着信が五分置きに六件も入っていた。
マナーモードにしていたせいで気づかなかったのだ。
「ご、ごめん! マナーにしたままだった」
慌ててマナーモードを解除し、頬を膨らませたままの美香子に謝る。