To.カノンを奏でる君
 美香子は直樹を責めるように見据える。


「……怒んない?」

「内容によるわ!」

「アタシがけしかけたの。早河君に目を向けてみたらって」

「はあぁ?! 何ってこと言ったの、花園君! バカじゃないの?!」


 わなわなと震えながら美香子は物凄い剣幕で直樹を睨む。

 直樹は怯みながらも、おずおずと美香子を見返した。


「――何でそんな事言ったのよ?」

「そう言うしかなかったの…」

「え?」

「『私の事を忘れるくらいなら、あの時逢えなくなった方が良かった』って泣くノンノンを見たら胸が張り裂けそうだった」

「そんな……花音ちゃんが、そんな事を?」

「ノンノンだって人間よ。完璧じゃないわ」

「花音ちゃん、本当に」

「苦しいと思う。今、きっと誰よりも一番」


 二人して黙り込む。


 美香子は複雑な思いで考え込む。非の打ち所のない完璧に近い少女だと思っていた。自分より出来た人だと。

 だからこそ、直樹の言葉は衝撃的だった。


 あの花音がそんな風に思う事もあるだなんて信じられない。

 昨日はあんなに楽しそうに祥多と出かけて行ったから、まさかそんな風に苦しんでいるとは思わなかった。


「許してあげてね。人として、最低な事を思うこと…」

「許すも何も――花音ちゃんの気持ち、分からなくもない」


 考えた事がないと言えば嘘になる。

 美香子も少なからず、花音と似たような思いを巡らせた事があった。だからこそ、花音を責める事は出来ない。
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