To.カノンを奏でる君
第27楽章≫彷徨う心。





「あーもう!」


 突然聴こえて来た苛立つ声に、美香子はくるりと振り返った。

 飾りつけの最中で、椅子の上に立っている為にバランスを崩しそうになる。


「ちょっと葉山さん!」

「な、何?」

「髪型が決まんないの! 二つ結びって微妙じゃない?」


 下にゆるく結わえた二つ結びを弄りながら、直樹は口を尖らせた。

 美香子は、そんな事かと拍子抜けする。


「充分似合ってるわよ」

「そーぉ? まぁ葉山さんが言うならこれにするわ」


 まだほんの少し不満なのか、口を尖らせたままに奥へ引っ込んだ。

 そんな直樹の後ろ姿を見送りながら、美香子は頬を引きつらせた。


 今日の直樹はまた一段と綺麗だ。

 春用の白のワンピースに、デニムパンツ。どこからどう見ても、女にしか見えなかった。


 大きな溜め息を吐いてから、美香子は仕事を続けた。


 今日は祥多の退院おめでとうパーティーだ。会場はこの花園宅リビング。

 両親は朝早くに仕事場に出かけて行くので、特に支障はない。もちろん、許可は取ってある。

 朝7時に来てから、すぐに直樹とキッチンに並び、ご馳走を作った。

 ナポリタンにポテトサラダ、白身魚のムニエル、コーンポタージュに簡単ロールキャベツ、鶏の唐揚げ。

 二人とも手際は良く、三時間で仕上げた。


 パーティーの始まりは三十分後。その前に花音と早河が来る事になっている。
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