To.カノンを奏でる君
小児科の廊下の突き当たりに位置する病室に入った少女は勢いよく開閉した扉を背に、荒い呼吸を繰り返す。
胸に手を当て、目を閉じて使いすぎた酸素を補給する。
「いい迷惑だな、花音」
ベッドの上で青一色無地のパジャマを着た少年が胡座を掻いて雑誌を読んでいた。癖なのか、たまにガリガリと頭を掻く。
小児科の中でも少ない個室を割り当てられ、調子が悪いと幾つもの機械に囲まれる少年。
幼い頃から心臓が弱く、入退院を繰り返していたが、中学校入学する前から二年半もの間ずっと入院し続けている。
少女、草薙花音の幼なじみである。
「ちょ、きぃっ……聞いて祥ちゃんっ」
花音は未だ呼吸を荒げたまま、ベッドに近寄る。
相当な距離を走って来た為にフラフラしながら近寄る花音を見、時枝祥多は退いた。
右手を前に突き出し、ハァハァ言っている。その姿はまるで不審者だ。墓場から出て来たゾンビのようにも見える。
「何だよ、怖ぇな」
祥多は雑誌を閉じ、まっすぐに花音の姿を捕える。
「しょ……コンっ……賞っ」
「あー、ハイハイ落ち着けー。てか座れ?」
祥多に言われてパイプ椅子を立てて座ると、自然と落ち着きを取り戻した。
「ふー」
全力疾走により紅潮した頬はまるで、紅葉のように鮮やかだ。
取れかけのマフラーを取り、ブレザーを脱ぐ。