To.カノンを奏でる君
「祥多」

「……何だよ」


 いつからそこにいたのか、祥多の母は部屋の入り口に立っていた。

 祥多は目もくれず、俯いたままでいる。


「貴方は覚えてないからしょうがないと思うけど、花音ちゃん本当に貴方に良くしてくれていたのよ。中学の時まで、毎日毎日病院に通い詰めて…」

「分かってるよ、んな事くらい!」

「祥多」

「…っ、分かんねんだよ、アイツの考えてる事が。早河がいんのに何でまだ俺と関わろーとすんだよ…!」

「貴方が大切な幼なじみだからに決まってるでしょ。彼氏と幼なじみは違うんだから」

「早河は彼氏じゃねぇっ」

「大人になりなさい、祥多。いつまでも駄々こねてないで、花音ちゃんとしっかり向き合いなさい」

「…………」

「記憶がなくてつらいと思う。花音ちゃんとの距離がうまく掴めなくて苦しいと思う。でもね、それは相手を傷つけても良い理由にはならないの。分かるでしょう、祥多」


 祥多は小さく頷いた。


「謝って来なさい、ちゃんと。向き合って来なさい」


 母の優しく穏やかな言葉に、祥多は素直に聞き分けた。

 さっきは言い過ぎたと、自覚している。謝りたいという気持ちもある。


(ここでいつも逃げるからダメなんだよ、俺)


 しなければならない事を、嫌だと言って甘えて逃げていた。


 早河と花音の仲をきちんと問い質す事も、花音と向き合う事も、したくないからと逃げて来た。

 しかし、それではいけない。いつまでも逃げていたのでは、前には進めない。


 ──祥多は静かに立ち上がった。





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