To.カノンを奏でる君
第29楽章≫手の中にある優しさ。
「おい、草薙!待てよ!」
早河は走る花音を追いかける。花音は止まる気配を見せない。
早河は息を切らし脇腹を押さえながら懸命に走る。
もうそろそろ体の限界だ。
「なあっ、草薙ぃ!」
悲痛な声で花音を呼ぶ早河。それに応えるかのように、近所の公園内に入った花音はピタリと立ち止まった。
肩で大きく息をしている後ろ姿に、早河は疲れ果てた体を引きずるようにして近寄る。
「草薙……」
男の自分でも耐えられないと思う言葉を、想い人から投げつけられた花音。
どれほどつらいだろうと、早河は心中を察する。
すっと花音が指を指した。早河はその先を辿る。
在るのは、水色の塗装がなされた古いブランコだった。
「あのブランコでよく競争したの。どっちが早く漕げるか」
続いて、花音の指は砂場を指し示した。
「あの砂場で大きな山を作って、トンネルを掘った。崩れないか心配しながら腕を奥に進めて、手と手を繋ぎ合わせた時の温かさ……今でも覚えてる」
続いて、黄色いシーソーを指し示す。
「シーソーに乗ると、いつも私が上がっちゃうの。私が悔しがると、祥ちゃんいつも得意気に笑ってた」
続いて、赤いジャングルジムを指し示す。
「あのジャングルジム。てっぺんに登って、カノンを口ずさんだ」
続いて、緑色の鉄棒を指し示す。
「あの鉄棒で、私逆上がり出来るようになったの。祥ちゃんが教えてくれた」