To.カノンを奏でる君
第30楽章≫この手にある優しさ。
祥多は草薙家の門の前に立ち、一息吐いた。
緊張からか、今日の草薙宅はやたら大きく聳え立って見える。
覚悟を決めて呼び鈴を鳴らすと、出て来たのは花音の母だった。
「あら、祥多君。どうかしたの?」
門を開け、中へ誘う。
「花音に話があるんですけど、いますか?」
「あら。ついさっき出て行っちゃったのよ。ちょっと美香子ちゃんに会って来るって」
「そうですか。分かりました」
「待って。上がりなさい。すぐに帰ると言っていたから、部屋で待ってるといいわ」
「え、でも…」
「大丈夫」
花音の母はにっこりと笑い、祥多を花音の部屋に案内した。二階に上がるとすぐに、花音の部屋に行き着く。
「お茶持って来るわね」
「あ、大丈夫です。さっき飲んで来たんで」
「そう? じゃ、悪いけど少し待っててね」
「はい。ありがとうございます」
ドアが閉まり、祥多は花音の部屋に一人取り残された。
つい、キョロキョロと室内を見回す。綺麗に整頓されているとはまぁ言い難いが、それなりに整理されていた。
花音の勉強机に写真立てがあるのを目に止め、手に取る。
小学校の卒業式の写真だった。門の前で、花音と祥多と直樹が仲良く並んでこちらに笑みを向けている。
「ほんとに仲、良かったんだな…」
今ではもう、そんな日々すら思い出せない。
写真立てを置き、ふと椅子に目を遣った。
トートバッグが置かれているが、口も開いて型崩れしている。
きっと、美香子に会いに行く際に財布か何かを取って慌てて行ったのだろうと予測を立てる。