To.カノンを奏でる君



 どうやって誘おうかと思い悩みながら玄関を出ると、門の方に人影が見えた。

 長い黒髪を緩く三編みし、グリーンの襟つきトップスにスキニーデニム。肩には昨日見たトートバッグ。


 ドアの開閉音に反応したのか、花音がこちらに振り向く。


「良かった。待ち伏せ成功」


 ふわりと笑い、花音は祥多が門を出るまでを見守る。


「どうかしたのか」


 普通に話しかけたつもりが、少し低めの声音になってしまい、祥多はしまったと内心思った。

 しかし花音は気にした風でもなく笑顔のまま。それに祥多は安堵した。


「今から病院でしょ? 私も行く」

「そうか」

「うん。私、来週の日曜日にはもうここにいないし」


 少しだけ寂しそうな顔をして見せた花音。祥多は気の利いた言葉一つもかけてやれない。


「祥ちゃんのピアノ、聴き納めしとかなきゃね」


 花音は寂しさを隠すように笑った。


「聴き納めするほどのもんでもないだろ、俺のピアノ」


 祥多はつい、ぶっきらぼうに答える。


「何言ってるの。祥ちゃんのピアノは世界一だよ」


 繰り返し何度も聞かされた言葉が、温かく胸に染みた。

 そう言って飽きずにピアノを聴いてくれる花音に、祥多はいつも救われていた。花音が聴いてくれるからこそ、ピアノを弾く楽しさがあった。


「んじゃ、行くか」

「うん。遅れたら後が大変」


 遅刻をすればブーイングの嵐だ。

 互いに同じ事を思っていたらしく、顔を見合わせて笑った。

 こんな風に笑いながら肩を並べて歩いて行けたらと、祥多はほんの少し、思った。





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