To.カノンを奏でる君
いつも通りのお決まりの出迎えに圧されながら、祥多は子ども達のリクエストに答えた。その後は花音に譲る。
すると花音は、結婚式でお馴染みの洋楽や、お気に入りのランゲ『花の歌』を弾いた。
皆が満足そうに帰って行くのを、花音は嬉しそうに見つめていた。聴いて楽しんでもらえた喜びを噛み締めているのだろうなと祥多は思う。
二人残されたピアノ室で、花音は祥多にピアノを譲った。それから微笑んで言う。
「何か弾いて?」
祥多は返事を返すように、音を奏でた。──二人にとって大切な、あのカノンを。
花音は驚いたように目を見開いた。
まさかカノンを弾くとは思わなかった。──いや、そんな事より、この音は……。
どこか儚げで、悲しさを包むまっすぐな強さを顕すこの音色は忘れもしない。
“時枝祥多”のものだ。
花音は震える口許を覆う。まさかそんなはずは、と動揺する花音をよそに、祥多はカノンを奏で続ける。
“楽器は弾き手の性質を忠実に映し出す。鏡のようなものだ”
そう花音に教えたのは、他でもない祥多だった。
(目覚めてからの祥ちゃんの音にはどこか迷いがあった。微かに、闇の中を彷徨うような暗さがあった。なのに、何で急に前の音に戻ってるの…?)
これではまるで──。
動揺の波が一気に押し寄せた。
「祥ちゃん……どうして、カノンなの?」
震える声で祥多に問う。祥多は口許を緩ませながら答えた。